1853年に「シャトー・ブラーヌ・ムートン」というシャトーを、ロートシルト家のワイン生産部門の創設者である”ナタニエル・ドゥ・ロートシルト氏”が購入することからその歴史が始まりました。
ちなみに“ロートシルト”はドイツ語読みで、英語読みだと”ロスチャイルド”となります。
ロスチャイルド家は世界的に有名な財閥・大貴族ですので、その名を聞いたことがある方も多いでしょう。
一方で、当初シャトーは目立った活動を行っておらず、経営も放置ぎみになっていました。
ブドウ栽培とワイン造りが本格化したのは、後を引き継いだ曾孫にあたる“フィリップ・ド・ロートシルト氏”の代からです。
フィリップ氏は1922年に就任。1924年にはシャトー瓶詰めをほかのシャトーに先駆けて行なったり、驚くべき規模の貯蔵庫を建設したりと、常に周囲の人々を驚かす革新的なアプローチを続けていきます。
さらに、1945年にはピカソやミロなどを起用したアートラベルを制作するなど、“ワインとアート”を本格的に融合させたパイオニアでもありました。
現在でもこのアートラベル活動は続けられており、コレクターの間でも大変注目されているシリーズとなっています。
このように、ワインを愛するフィリップ氏の尽力と才能によって、シャトー・ムートン・ロートシルトは瞬く間に有名シャトーとしての地位を得たのです。
さて、そんなシャトー・ムートン・ロートシルトですが、世界のワイン通に知られている有名な話があります。それはメドック格付けで唯一、「第2級から第1級への昇格を成し遂げた」という話です。
1855年当時に行われたメドックの格付けはワインの価格に基づいて定められていたのですが、同価格帯の中でシャトー・ムートン・ロートシルトだけが第2級に格付けされてしまいました。
その理由は明確に示されていませんが、当時この格付けが行なわれる直前にイギリス人が所有者になっていたから、ということが噂されています。
価格的にラフィットと同等ながら2級という状況に、当然ながらフィリップ氏は異を唱えました。
しかしながら1級シャトーの反発も強く、簡単に覆る評価ではなかったこともあり、長年のロビー活動を行なうことに。
品質の向上はもちろん、自らが1級であることを常にアピールし続けたのです。
結果、1973年に第1級に昇格という、異例中の異例の判断がくだされました。
昇格以降にラベルが変化している点も、コレクターから注目されています。
以前は「第1級たり得ず、第2級を肯んぜず、それはムートンなり」という意味の言葉がラベルに記載されていました。
しかし、第1級に昇格した後は、「今第1級なり、過去第2級なりき、されどムートンは不変なり」というふうにラベルの記載が変化しているのです。
次に、ワイン造りの特徴について見ていきましょう。
シャトー・ムートン・ロートシルトは、ポイヤックにある“3つの偉大なブドウ畑”と呼ばれる畑の一つを有しており、平均樹齢45年の樹から最高品質のブドウが栽培されています。
ブドウの栽培には農薬を極力使用しない「リュット・リゾネ」と呼ばれる手法が取り入れらている点も特筆すべきでしょう。
また、収穫期にはなんと300人を超える人手を使って、すべて手摘みでブドウを収穫しています。
徹底的に選果されたブドウだけが破砕されフレンチオーク製の発酵樽に入れられ、じっくりと低温発酵させられるのです。
また、発酵後はワインの品質を保ちながら新樽で熟成が行なわれるのですが、シャトー・ムートン・ロートシルトは樽にも大きなこだわりを持っています。
なんと12社を超える樽業者の樽を所有しており、ワインの品質や目指すスタイルによってそれらが使い分けているのです。
その後、ワイン造りに適した一面カビだらけの極上の貯蔵庫で大切に寝かされたワインは、瓶詰めされてさらに熟成期間を経てから市販されています。
そんなフィリップ氏をはじめ造り手の情熱全てが注ぎ込まれたムートンは、現代でもメドック格付け1級に相応しい最高品質を誇っています。
かの世界的ワイン評論家ロバート・パーカー氏が100点満点をつけた年もあり、「私が飲んだボルドーのうち、最もすばらしい瓶のいくつかはムートンだ」と言わしめるほどです。
さらには世界の名立たる芸術家がラベルをデザインしていることから、五大シャトーの中で最も華やかで芸術的なワインとして知られています。
味の特徴
シャトー・ムートン・ロートシルトの赤ワインは、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体とした力強い味わいが特徴です。ヴィンテージによってバランス良くブドウ品種がブレンドされていますが、基本的に長期熟成タイプのワインであることから、若いワインはまだ渋みが強いこともあります。
それでも、フレッシュで鮮やかなカシスやブラックチェリー、スパイス、タバコ、杉の新芽といった香りが複雑に絡み合う、とても満足度が高い味わいと言えるでしょう。
シャトー・ムートン・ロートシルトは、熟成させていくと非常に濃いガーネット色の外観がオレンジがかり美しくなっていきます。
ココアやバニラ、スパイス、杉、獣肉のニュアンスが重なり合い、クローブや乾燥イチジクといった香りにも覆われるようになると評されます。
熟成で渋みはいくぶんまろやかになり、その口当たりの良さはまるでシルクを液体にしたかのような印象です。
なめし皮や腐葉土、どことなくコーヒー豆を思わせる香りなども出てくるなど、熟成によって違ったキャラクターを楽しめるワインと言っても良いでしょう。
一方で、シャトー・ムートン・ロートシルトの味わいをひと言で言い表すのは大変難しく、その時々でキャラクターが変化する、ユニークで探求しがいのあるワインだとも言われています。